2025/04/14(月) 07:23:36 nqDhpP0cO1 [iPhone]
「第十六の試練──忘却の食卓」
かには白い部屋の中央に座らされ、目の前には豪華な料理が並んでいた。写楽の声が柔らかく響く。「これは君がかつて愛したものたちの味だ」 一口食べるたび、何かの記憶が消えていく。初めて自転車に乗れた日の喜び、友と笑い合った夏の日、母の顔、名前……かには空腹を満たすほどに、自分が“誰だったか”を思い出せなくなる。やがて食卓を見つめる彼の目に、何の感情も浮かばなくなる。
それでも手は止まらない。ただ、機械のように食べ続ける。最後のひと皿を口に運ぶと、写楽が囁く。「君は今、世界で最も満たされて、最も空っぽだ」
かにはスプーンを握ったまま、名前のない涙をこぼした。部屋に残るのは、空になった皿と、沈黙だけだった。