ビチ子視点
朝起きると、夫のゆーいちはすでにリビングにいなかった。机の上には、昨夜遅くに食べたカップラーメンの容器がそのまま放置されている。
結婚した当初、私は自分の選択をそこまで間違えたとは思っていなかった。30代半ばで工場勤務、元吉本養成所という経歴はちょっと変わっていたけれど、「夢を諦めて堅実な仕事に就いた人」なら、きっと優しく大切にしてくれるだろうと思っていたから。
……甘かった。現実は、夢の残骸を引きずったまま、ただ年だけをとった子供が一人増えただけだった。
「ただいまぁ、今日もご主人様って言われちゃったよ、へへっ」
夜遅く、秋葉原のメイド喫茶から帰ってきたゆーいちは、気持ち悪い笑みを浮かべてリビングのソファに倒れ込む。スマホの画面には、メイドとのツーショット写真。私の視線に気づくと、彼は慌てて画面を隠し、こう言うのだ。
「いや、これは仕事の付き合いというか、ストレス発散でさ……。あ、そうそう、俺の貯金、自称2000万あるから生活の心配はいらないからさ!」
その「自称2000万」というフワフワした数字を、何度聞かされたことだろう。通帳を見せろと言っても、濁してはぐらかす。貯金があるアピールをする割に、毎月のお小遣いはメイド喫茶に消えていく。
それだけじゃない。夫婦の営みを求めても、「今日、工場で疲れたから」「また今度な」と、ろくに目を合わせもしない。20代半ばの私にとって、それは妻としての自信をすり減らしていくのに十分すぎる仕打ちだった。